4月12日の公演で心底がっかりしてしまって、この公演を見るのが実はちょっと怖かった。
自分がどう感じるか。
何も感じないのではないか。
心が醒めるのにはちょっとしたきっかけがあればいいということを十分にわかっていたから。
自分がSHOCKに何も感じなくなっていたらどうしようって、ちょっと怖かった。
その公演。
いや、前半は特に酷かった(^^;)。
植草さんが噛みまくってたうえにアドリブがさらに加速しててもう物語の展開なんて無いも同然。
メリハリも何もあったもんじゃない。
そのうえ頼みのパフォーマンスもさすがに疲れが見えて精彩を欠いていて。
光一さんの歌声も疲れから力みが目立っていて。
まるで学芸会を見ているような気分になり。
またもや途中で帰ろうかと思ってしまった。
でも、その気持ちを押しとどめたのがジャパネスク。
ジャパネスクは素晴らしかった。
刀捌きが綺麗に走ってた。
あのコウイチの死にものぐるいの反撃。
ラストのコウイチの叫び。
「続けろーー!!」
狂気に包まれたコウイチの魂の叫びが、胸に突き刺ささる。
何とも言えない、胸が締め付けられる思いがする。
ああ、私もまだ感じることが出来る。
そんな、ホッとした思いもあり。
で。
1幕見ていて気がついたこと。
植草さんが出ているシーンは、植草座長の舞台になってるの。
植草さんがいないシーンは、ちゃんと光一座長の光一さんの舞台。
でも、植草さんが出てくると、とたんに植草さんの空気に全体が包まれる。
「コウイチとカンパニーの物語」が突然「かっちゃんとジャニーズの仲間達」になる。
まるで違う舞台かが交互に出てくる感覚。
だから、見ている観客には場面場面の登場人物の心の繋がりがバラバラで一貫性が無くなる。
それが非常にわかりやすいのが屋上の場面。
One dayを歌い終わって、ウエクサオーナーが出てきたとたん、場面の空気が完全に変わる。
かっちゃんとジャニーズの仲間達のおふざけコーナーになる。
植草さんの出ているシーンは、他のメンバーもすっかり植草モードになってる。
限界も節度もそのシーンの空気もわきまえないアドリブ。
町田の回を重ねるごとにエスカレートしていった植草オーナーショーコーナーでのアドリブ。
マチダじゃなくて完全に町田慎吾。
とうとう最後の頃はヨネも乗りまくってたし。
そして、松崎君の、あまりにも場違いすぎる、公園のシーンでのおふざけ。
Endless SHOCKの舞台の中には、もともと随所に「ちょっとした笑い」の場面が組み込まれていた。
でも、「ジャニーズの仲間達」のおふざけがあまりにも多すぎるから、「ちょっとした笑い」がまったくポイントにならず埋もれてしまってる。
その上、「ジャニーズの仲間達」のおふざけが全くメリハリがないから、真剣な場面まで浸食してしまってる。
真剣な場面の中に、観客の笑いが残ってしまう。
場面の空気の切り替えが全然出来てない。
これ本当に舞台演出としては最悪。
こんなにSHOCKの世界が植草さんに浸食されていたなんて。
こんなに光一さんの創り上げてきた世界が植草さんに食われていたなんて。
観劇しながら今更ながらにこのことに気づき、愕然とした。
こんな4月の舞台がブルーレイで残るのは勘弁してくれと、そう思った。
そんな思いのまま見ていた2幕はやっぱりどことなく醒めた目線で見つめていた。
ラダーもちょっと精彩を欠いているかななんて思った。
そして、夜の海。
ただひたすらに舞うコウイチの姿に、全てのもやもやが、浄化される気がした。
カンパニーのメンバーの言葉が、舞うコウイチの中に吸い込まれ、浄化していく感覚。
このために、この舞のためにこの物語はあったんだ、そういう感覚。
これを見るために、私はこの舞台を見てきたんだ、そういう感覚。
久々だった。
本当に久々に味わうこの感覚。
涙が出た。
他の全てに疑問を持っても、このコウイチの舞だけは信じられる。
他の全てに疑問を持っても、この光一さんだけは信じられる。
そういう感覚。
久々に、Endless SHOCKの夜の海のパワーを思い知った。
後から冷静になって振り返れば、
「この公演のコウイチの思い」を感じたというよりは、私が今まで見て感じてきたコウイチ、Endless SHOCKという作品の魂としてのコウイチを感じたのだと思う。
だからきっと、この公演だけを見た人には、この公演だけからは、感じられない思いだった気がする。
残念ながら。
でも、これだけのネガティブな思いを持ったあとにでも、
あの夜の海の舞の透き通った魂を感じることが出来た。
そのことが嬉しかった。
そしてそれは、死を覚悟したコウイチの思いと、残り少なくなった公演をいとおしむ光一さんの思いが重なって生まれた力だったのかもしれないとも、後から振り返って思った。
CONTINUEの歌も、心に染みこんできた。
カーテンコールのスタオベも、心からの拍手を送ることが出来た。
この夜の海の舞がある限り、私はSHOCKを追いかけていける。
そう感じた、2012年最後の観劇だった。
それでもやっぱり、来年は、ウエクサオーナーのいないEndless SHOCKが見たい、と、心から思う私でした。
4ヶ月ロングラン
千穐楽
おめでとうございます
4ヶ月のロングラン、本当におつかれさまでした。
4ヶ月光一さんについていったみなさんのパワー、
そして、
カンパニーを4ヶ月間付いてこさせた光一さんの求心力に
心底感動します。
夢の終わり。
そしてまた、来年逢えますことを。
この4ヶ月間が大きな飛躍へと繋がりますことを
切に祈ります。
楽しいことだけ聞きたい方は、読まない方がよいです。
「去年の今日もここ帝国劇場でSHOCKを上演していて、あのときはまさか次の日あんなことが起こるとは思ってもいなかった。」
「明日があるとは限らない。だからこそ余計に、一公演一公演を大切に。カンパニー全員そういう気持ちで走り続けています。」
3月11日が近づくにつれ、光一さんもまた思いを新たに1公演1公演刻んでいるのだなと、震災が光一さんとSHOCKにもたらしたモノの大きさを改めて思った。
今日の公演、光一さんはどんな思いで迎えているのだろう、今日一日、ずっとそう思って過ごした。
昨日の観劇の後、友人宅に泊まり、今日、帰りに帝国劇場に寄り道した。
ちょうど、ジャパネスクのクライマックスにさしかかるところだった。
一幕の最後まで音を聞いた。
去年の今日、このあと、震災が起こったんだ。
そして、無事2幕の幕が開くのを見届けて(見えも聞こえもしなかったけど)から、帰途についた。
1万数千人以上の方が亡くなった大震災。
今も多くの方が苦しんでいる。原発など先の見えない問題も山積みの状態。
それでも、やはり私の心は、この日、Endless SHOCKに行ってしまう。
今日もまた、無事幕が開き、無事幕が下りることへの感謝を。
そして、たとえ何が起こっても。。。。
光一さんが、今年の公演毎回のように言う言葉。
一つになることの大切さ。
一歩踏み出す勇気。
走り続けることの意味。
かみしめて、前に進もう。
3月10日の昼公演は、Endless SHOCKも9年目(?)になるここに来て何故か改めて心から、“コウイチの死”を実感した回だった。そして、Endless SHOCKは未来へとつなぐ物語なのだと改めてしみじみと思った。
見るたびにパフォーマンスはすばらしくなって、登場人物の心情もよりまっすぐ伝わるようになってきて、見ててほんとに幸せで、その反面、いい部分がどんどんよくなってるからこそ、以前から引っかかる部分の違和感はどんどんますます強くなって、幸せな分、歯がゆさも強くて、腹立たしささえ感じる。そんな今年のEndless SHOCK。
この日も、終了後、「ああ幸せ」「でも腹立つ」「ああ幸せ」「でも腹立つ」をずーーーーーっっと、繰り返してた(笑)。
とってもとってもとーーーーーっても、幸せそうでした。
そして、私にとっては、あの日以来の帝劇初日である今日この公演を観劇できるということが、自分にとってどれほど大きなことだったのか、実際に観劇して初めて実感しました。
誘ってくださったちよさんはもちろん、この世のすべてに、そして存在しないはずの何かに、感謝したい気持ちでいっぱいです。
光一さんじゃないけど、本当に、言葉にできない思いが溢れてて、感無量です。
この日を観劇させてくれて、本当にありがとう。










