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In the mirror

エンターテイナーな堂本光一さんとその作品について。



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2019.03.11.Mon / 20:08 
10年ぶりくらいかもしれないSHOCKでの2階席。A席。
ファンクラブ申し込み忘れて(こら)一般チャレンジした副効用。
やっぱり2階席最高。A席大好き。
もうずっとずっとA席でいい。A席がいい。マジで。
ファンクラブでもA席選べるようにしてくれよホントに〜。

風の噂で聞いていた、今回全編生オーケストラが入ったと。
遙か昔、まだSHOCKがEndlessじゃなかったころ。終演後にアンケートをとっていたころ。
いつか全編生演奏でSHOCKが見たいと書いた。
すべて生音だけではないけれど、ほぼ全編生演奏。
今になってそれが実現するとは。
ナイツテイルありがとう。ありがとう。

やっぱりね、生の音だとね、舞台上のパフォーマンスとの重なり具合が全然違うのよ。
SOLITARYとか新鮮でめちゃかっこよかった。
最期のショーもスピーカー音だと押しつけがましい感じが私にはするんだけど、生音だと一体感を感じるんだ。
舞台が新たな命を得た感じ。
それを実感した。
出来れば全編生音だけで聴きたいという欲が出る。
いや、実際生演奏で見ながらオーケストラ大変すぎる!!って思ったんだけど。
あの指揮者さんが一番休み無いじゃんって思ったんだけど。
だけど、やっぱりここまで来たらもうちょっとと欲が出る。
まぁね。
Dead or Aliveとかはね、生演奏じゃなくてもしょうがないかなと思うのだけど。

スピーカー音が重なってとても残念に思ったのは、最期のショーの冒頭。リボンフライングのところ。
あそこは生の和楽器だけにして欲しいよ〜。
TAOの公演に行ってから生の和楽器の素晴らしさを実感した身としては、あそこは是非!!生音で!!
暗闇に赤いリボンがうかぶ舞台。
静寂に響く凛とした生の和楽器音。
横笛と大太鼓から徐々に音が増えていく感じ。
ボレロ方式の定番の演出だけど、それが似合うシーンだと思うのだよ。
あのリボンフライングと生の和楽器の共演が見たいのよ!!
そして、ショーの後半でオーケストラが加わった大合奏になるの。
どうよ。

1幕のジャパネスクの冒頭も、横笛は生にして欲しい〜。
別にキャストが吹く姿を見せなくていいから。
横でプロが生音で吹いてくれた方が、ずっとカッコイイと思う。

勝手に妄想がどんどん膨らんでいく。

冒頭の挨拶で、今回は演出を変えたとおっしゃっておりましたが。
ちょこちょこいろいろ変わっていて、その9割は私的にいい感じでした。
ショーも芝居もだらけるシーンが極力減って、テンポもよくなり洗練された。
ホライズンの浮かぶマスタングは残ってて、あれはSHOCK的に冒頭の見せ場ってことなんだなぁなどと思いながら見てたけど、今考えてみると、SHOCKとして、というよりも、オフのコウイチ達のショーとしての見せ場ってことなのかな、と思った。歌って踊るだけのカンパニーじゃないぞって感じ?オンのプロデューサーの目を引いたってことにその方がちょっと説得力はあるかも。
所々台詞が歌に変わったのもいい感じ。

変更で一番良かったのは、やっぱり2幕シェークスピアの冒頭シーン。
あの場面が入ったことで、続くシーンが「ウチの悪夢であり、登場人物が仲間であり、ウチを責めている」というのがより観客にダイレクトに伝わってくる。ハムレットに入ったときに亡霊の台詞の伝わり方が全然違ったもん。 
リチャードのコウイチの「続けろよ」とリカの「ヒロキ、あなたのせいよ」的な台詞(はっきり覚えてない)は、良かった気もするし、無くていい気もするし。無い方が、最後の刀を地面に突き立てるシーンのインパクトが強くなる気がしたけど、ここはもう一度見てどう感じるか知りたいところ。

変更で残念だったのは1幕オンブロードウェイのショー。
ダンスナンバーが1曲減って歌になったからそれだけでも華やかさが減ったのに、ウチのショーがなんじゃらほい?って感じで、なんかすっごくしょぼくなった。
冒頭でUSAメンバーが「We will show you dance from all over the world 」みたいに言うけど、全然違うやん!! みたいな。
ソリタリーが生音で新鮮なかっこよさを感じられたのは良かったけど。
1幕のオンのショーではやっぱりヤラの本気ナンバーとコウイチの本気ナンバーのビリビリするような対決が見たいのよ!!!!
そしてその緊張感のまま幕間の争いになってジャパネスクに突入して欲しいのよ!!

ジャパネスクで太鼓がステージに出てきたのは凄く良かった。
日野さん重く力強く響く大太鼓と直さんの技巧の対比が素晴らしくかっこよくて。

リカちゃん。
数々の変更点の中で、ほぼ全く変わらなかったリカちゃん。
あれだけナイツテイルの良い影響を感じる変更があったのにもかかわらず、
あんなに女性が主人公の一人としてしっかり描かれていた作品に数ヶ月間関わっていたにもかかわらず。
全く変わらないリカちゃん。
まぁ、まーーーったく期待はしてなかったら失望もしないけど。
絶望するよね。
そもそも、他のキャストはみんな役者名が役名になっているのに、リカちゃんだけ「リカ」って記号で呼ばれてるって、もうその事実が、彼女が自我を持った人間としてではなく、記号として存在してるっていう証拠だからね。
その事実だけで、現代の作品の女性の描き方としてアウトだよね。
絶望するわ。
いっそリカちゃんなくしちゃえばいいのに。
リカちゃんを無くして、その上であのクライマックスをどうするか、そう考えるとこから初めてはどうだろう、と友人が言っていたけど、ホントにそう。
リカちゃんが存在し続けるなら、まず、他のキャストと同じように役者名を与える。リカちゃんじゃなくて、アヤカにする。
そこからだよな。
でも、今年のリカちゃん、私はすごく好きです。
ホライゾンのペアダンスで光一さんと踊っているのがなんかカップルというより親子みたいに見えて、ああ、光一さんももう若くないな、と思ったのはナイショですが(彼女30歳だそうですが、光一さんにフレッシュさが全くないせいからなのか、ほんとにそう思ったんだもん)。

美波里さんは、ステージ上の存在感とは華やかなオーラとかは相変わらず群を抜いていてさすがだし、歌も踊りも申し分ないけど、年々芝居がねちっこくなって、私的には耐え難いレベルになりつつある。内くんと相まって、芝居のシーンはほんとうに、私的にはツライ。

内くんは・・・・否定的なことしか言えないのでノーコメントで。

芝居のシーンでの気付き。
クライマックスの告白後のコウイチが死んでいたと曝露されたあと。
コウイチが「いつ消えるかわからないからな」と言うところ。
はじめのころ、続く台詞が「だから・・・思いっきりやろう!!」だったところ。
去年初めて、コウイチが「だから・・・」で止まったのは、消えることがわかっているから「やろう!」って言うのを躊躇して、オーナーの「コウイチ」っていう言葉に促されて振り向いて、仲間がいる、だから出来るって、あのときコウイチが気づいたのだ、そう思った場面。
今年は、はっきりと、コウイチは「だから・・・おれにはできない」と言おうとしたんだと思った。それをオーナーが「コウイチ」と呼びかけ止めた。振り向いたコウイチに、一歩近づく仲間達。俺たちがいるじゃないかっていう、無言のメッセージ。それをコウイチがうけとめて、だからこそ、前に進めた。

伝えられるんだよ、台詞じゃなくて。
ここでどれかを台詞で言ってしまったら、野暮だ。

1幕ジャパネスクのクライマックス。
どんどん台詞が足されているけれど、どれだけ台詞無しで伝えられるか、引き算してみたら。
そうやって、全編芝居のシーン一つ一つをすべて考え直してみたら。
そしたら、芝居全体がもっともっと良くなるんじゃないか。
出来ると思うよ。
だってあのシーンをちゃんと表現できるんだから。

最後に。

光一さんのダンス。
ああ、この人は何かを越えたな、と思った。
光一さんのダンスの進化は私にはいつも「風姿花伝」を思い起こさせる。
踏み出す足の一歩に、腕の一降りに、指の先に、すべての神経を集中させて舞を極めようとする能楽師のような(いや、実際には見たことないけど想像で)。
現実で言うと、バレエのプリセツカヤのような。
「道」を極めようとする。
ただひたすらに。
光一さん自身は、踊りだけをひたすら追求しているわけではない。
ジャニーズタレントとしての別の面を持っていて、踊りは彼の多くの仕事の一つ。
でも、コウイチは、ひたすらステージパフォーマンスの「道」を追求している人で。
毎年毎年、3ー6ヶ月、SHOCKに戻ってコウイチになる。
光一さんのダンスの進化を見ていると、SHOCK中の光一さんは完全にコウイチになるんだという証のような気がする。
もちろん、光一さんそのものが、ダンスに自我を求める人ではなく「踊り」を表現することに集中する人だというのがあるからこそだけど、その道だけをひたすら追求していく踊り手達のような透明感を光一さんのダンスの進化から感じるのは、コウイチとして生きている瞬間が光一さん自身のパフォーマンスにずっとずっと、今でも大きな影響を与えつづけている、その証のような気がする。
きっと年を経るごとに、洗練され、研ぎ澄まされ、無になっていくような、神の舞に近づいていくような。
そんなふうに進化していく気がする。

ずっと踊っていて欲しい。
そして光一さんが咲かせる誠の花を、ずっとずっと追いかけて行きたい。
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2019.03.11 20:08 | つぶやき | トラバ(-) | コメント(0) |Edit | Top↑ | Home |
2018.08.30.Thu / 19:39 
いまいち教養がないので「騎士物語」がどんな物語だか全然知らないし、光一さんの舞台作品をまっさらな状態で見られるなんてもう二度とないかもしれない贅沢を逃したくなかったので情報ほぼ完全遮断で臨んだ観劇当日。
開演前に購入したパンフレットのページもめくらず見始めた物語は、『ナイツテイル』ってタイトルと帝劇前のポスター(何故裸)からそこはかとなくイメージしていたものとは全く違うものでした。

中世のお城の広場みたいな暗い石畳のセット。緞帳無し。
おお、なんか騎士の物語の舞台っぽい。
いきなり始まるテーマソングはどうやらこの物語の紹介ソング。
パンフの「A New Musical」という文字がにわかに現実味を帯びる。
そうだよね、新しいみんなが知らない物語だから。

はじめの頃は耳が慣れてなかったせいか正直台詞(歌詞)が上手く聞き取れなくてよくわからないまま進み、和楽器が結構強調された音楽展開で、なんだかTAOの公演見てるみたいだなぁと思ったりしてたら、登場したのはシーシアスとヒポリタとエミーリア。
どうやらヒポリタは戦いに敗れた側の王妃だかで戦利品としてシーシアスと結婚する展開らしい(おお、なんか中世っぽい)。
妹の王妃達とのお別れシーン。
この3人の王妃達の歌が素晴らしくて、おお、ミュージカルだ!と感動。

とここでようやく2人の騎士が登場。
どうやら悪い王に使える側?
光一さんやっぱりシェークスピア的仰々しい台詞が似合うなぁ。こっちのがSHOCKの芝居より断然しっくり来てるじゃんなんて含み笑いしつつ。
2人の騎士はいざ戦いへ。

しかしあっさり負ける。

「へ? 死んじゃったよ」

思わず声に出してしまったよ(隣の人ごめんなさい)。
死んでなかったけど無残に負けて捕虜になっちゃった。
ラスボスかと思ってた悪の大将もあっさりやられちゃうし、ここまでどう見てもシーシアスが主人公。

ラスボスの甥っ子たち(だっけ?)ということで、危険人物認定でお城の牢獄に幽閉される2人。
どうなるのかと思ったら、捕まってるのにヤケに明るい。友情はどんな困難をも乗り越えるよね。
そして牢番の娘がどうやらパラモンに恋・・・?
そうこうしているうちに牢獄の窓から見える庭に立つ美しきエミーリアに2人して一目惚れ。

あ、そーゆー話なの?

こっから一気に喜劇色が増していき。


笑いの取り入れ方がちゃんと内輪ネタとかじゃなく会話の流れのなかの台詞と掛け合いの妙で笑わせてくれて、そうそう、こういう笑いが好きなのよ。

でも不意打ちの光一さんチビネタに思わず吹き出してしまったのは一生の不覚(なぜ)。

笑えるシーンでこれ上手いなと印象に残ってるのは、アーサイトとパラモンの恋バナで、2人が全く同じ台詞で返すところ。同じ台詞を言うんだけど、それぞれの返し方に2人の性格の違いがきっちり表現されてるのが上手い、と思った。

光一さんと井上さんの掛け合いの息の合いっぷりは見事だったなぁ。
2人とも隠せないそこはかとないノーブルな空気が、「実は高貴な出らしい」設定に説得力ありまくり。男のロマンの騎士道バカ、心根は綺麗でおちゃめ、固い友情で結ばれた最高の好敵手、ってな関係が見てるだけでばしばし伝わってくる。この2人の空気が、登場人物それぞれにそれなりに深刻なんだけどどうみても喜劇、なこの作品の核を決めている。と思うと、やっぱりこの2人が紛れもなく主人公なんだなぁ。
そして光一さんやっぱりコメディ合ってるよねと改めて感じた。笑いの台詞って気の利いた台詞そのものと同じくらい、言い方とか間とかテンポとか、そういうのが大事だと思うんだけど、光一さんはそういうとこわざとらしくなく自然に嵌ってる気がするのだ(SHOCKでも変な内輪ネタ使わないで勝負して全然いけるのに-)。

いやほんと、この2人のミュージカルを作ろうと決めて、この題材を選んだ制作陣さすがだわ。
そして、より直情型で迷いのないアーサイトに光一さんってのが、非常に良く合っていて感心した。
素晴らしいミュージカルの歌い手のそろった出演陣の中で、光一さんはやっぱり他の人と比べて「ミュージカル発声」ではないな、と聞いてて思うんだけど、それゆえに全身を使って全力で歌うその歌声、歌う姿が、アーサイトのキャラクターに合ってるなと、そう思わされた。そして歌声抜群の井上さんの自在で繊細な表現はパラモンの優柔不断な迷いキャラに嵌ってる。

シーシアスとヒポリタのどっしりとした存在感も素晴らしかった。ああいう存在がいると、舞台がグッと締まるんだよね。そしてこの作品のなかで一番変化したのがシーシアスで、ある意味彼が主役だと思う。

『騎士物語』ってタイトルだけど、主演女性陣の物語もそれぞれきちんと描かれてるところもよかったなぁ。男の主人公のために存在する女として描かれるのでなく、彼女たちには彼女たちの関係があり、物語があり、思いがある。一人一人が個々の自立した人間として描かれていてよかった(聞いてますかー。コウイチさーん)。だからほんと、主演6人みんなが主役の物語だと思った。

そんなこんなで2幕が進んでくるにつれ、私の中でこの作品の印象はすっかり「ウエストサイド物語+真夏の夜の夢」。

は?なんでウエストサイド?と思った人。いや、私にとってウエストサイドって「ヒーローコンプレックスで無駄な殺し合いに明け暮れるバカな男達と、賢く強い女達の物語」なのよ。

なんだか勝手に姫を巡って果たし合いだ、負けた方は死だと騒ぐ男どもに対して、「狂ってる・・・! 一人はほんのちょっと知り合っただけだし、もう一人なんて会ったことすらないのに!」「私を勝手に賞品にするなよバカ(意訳)」ってつぶやくエミーリアが超素敵でもう私の中でウエストサイド決定。
つーか、傍目で見てると親友同士でなんで殺し合うのかさっぱりわからんし、しかもパラモンに至ってはアーサイトの情熱に引きずられて「オレも好き」に引っ込みがつかなくなってるだけなのに、そんなんで命かけるとかバカ?意味わかんねーよ!って展開なんで、エミーリアに共感しまくりうなずきまくり。

最後は「愛は地球を救う」的にやや強引に大団円になり(余談だけどずっと大円団だと思ってました^^;)、若干拍子抜けというかもう一工夫欲しかったという思いがちらりとよぎったけど、王道の展開ではあり、最後アテネで上手くまとめたなって感じでもあり。そして、最後のまとめかたってやっぱり難しいんだなと思ったりした(ここでみんなを納得驚愕させるまとめ方が出来たら大傑作になるんだろうなぁ)。
それでも王道大団円で、幸せ楽しい気持ちで幕を閉じました。


物語の王道をきっちりおさえつつ、現代的視点や価値観もしっかり反映された芯のしっかりした脚本。適度で的確なユーモアのセンス。全編を通して流れる歌と音楽の素晴らしさ。
ミュージカルの真骨頂の楽しさを堪能した。

舞台演出も素晴らしかった。
シンプルなセットの土台は一度もかわらず、緞帳も下りず暗転もほとんどせず(たしか)、最低限の小道具大道具と、回転ステージをフルに生かした流れるような場面転換が見事。
特におなじセットに木々を立てて森を、花をさして花畑を表すのが感心して、しかも出演者自らがパフォーマンスの流れの中で変化させていくから流れるように展開していくのが素晴らしかった。
狩りに行くときの乗馬シーンとか、森の鹿とか、パントマイム的表現もあり、ほんとに最低限の道具であらゆるものを表現していく舞台ならではの演出が素晴らしい。
特に森の鹿は見事だった。

ダンスと殺陣は、SHOCKを見まくってるせいもあり歌のような感動はなかったんだけど、大澄賢也さん素晴らしかったなぁ。
あんなに自在で魅力的なパフォーマーだとは全然知らなくて驚いた。
破れた(と思い込んだ)愛に傷心したフラヴィーナの狂ったダンスも素晴らしかった。

たった一つだけ、光一ファンのわがままだけど。
アーサイトが森の劇団?に混じって姫の前のダンスを披露する場面。ここ、突然和楽器の音色が響いてきて、アーサイトがそんな衣装どこに隠し持ってたんじゃ!って衣装着て和のダンスを踊り出すって展開が見てみたかった。全編通して和楽器もふんだんに使われてたし、和の小道具もちらほら出てきてたし。それにアーサイトだったら姫の気を引くためにそれくらいやってもおかしくない。ダンス得意設定っぽいし、自分の”とっておき”を持っててもおかしくないし。
いや、私が事前に小耳に挟んだほぼ唯一の情報に「津軽三味線で踊るシーンがある」って話があったからさ。津軽三味線ソロで踊る光一さんって私の夢なんで。やってはみたものの舞台の流れ的に却下されたのかなぁ。見てみたかった。

そして、忘れてはいけない。
ジョン・ケアードのシェークスピア的台詞世界を、見事に日本語に変換した訳者の今井麻緒子さん。
ほんと、全く違和感なくてノーストレス。 素晴らしい日本語訳でした。違和感ない日本語台詞だけどところどころ英語の原文が一緒に聞こえてくる感覚になるのがちょっと面白かった。
そしてシェークスピア的台詞感が見事に日本語になっていたおかげで、光一さんには絶対シェークスピアが合う!いつかちゃんとシェークスピア舞台をやってほしい!と思ってた願いが叶った感じがして、そういう意味でも非常に嬉しい作品だった(そして光一さんには将来いつかまたシェークスピアやってほしい。マクベスとか)。


冒頭で聞いたときはあんまりピンと来なかったナイツテイルのテーマソング(紹介ソング)がラストにはすっかり楽しくなって、今になっても頭の中を巡ってる、そんな素敵な楽しいミュージカルでしたよ。

帝劇の看板作品の一つに成長して行くのでしょうか?
そうなってくれたら嬉しいなぁ。
2018.08.30 19:39 | つぶやき | トラバ(-) | コメント(0) |Edit | Top↑ | Home |
2018.02.25.Sun / 16:56 
どのくらいの方が読んでくださるかわかりませんが、数年ぶりに1つだけ、物語の感想を書こうと思います。

2幕のクライマックス。
コウイチが自分の死を悟って、その上で「もう一度コウイチの舞台に立たせてくれないか?」って言われて。

「オレにはもうあまり時間が残されてないだろう。いつ消えるかわからないからな」
「だから・・・思いっきりやろう!」

と最期のショーへと向かうこのシーン。
Endless SHOCK当初の、「おい、みんな、なにジメジメしてんだよ!思いっきりやろうぜ!」からずっと、このシーンは、死を悟ったコウイチが、コウイチの死を受け止めきれないカンパニーの仲間を奮い立たせるシーンだった。
私にとって、今までずっとそうだった。

何度も何度も言っているけど、私はヤラ(ユウマ・ヒロキ)の告白シーンからのこの一連のクライマックスシーンが凄く嫌いです。
だから、ここ数年は全然まともに身を入れてみてない。
それもあって、去年(か一昨年)にこのシーンで、

「だから・・・思いっきりやろう!」

この台詞が消えて、コウイチが振り向いてオーナーに無言で一礼して歌い出す、というふうに変わったとき、その意味がぜんぜんピンと来なかった。
そして、たいして気にもしてなかった。

それが、今年。
あのシーンで、「いつ消えるかわからないからな」って言ったコウイチに対してかけた久保オーナーの

「コウイチ」

その励ますような響きで、(そして、振り向いてみんなの顔を見渡したときのコウイチの、戸惑ったような、驚きと嬉しさの入り交じったようなリアクションを見て、)突然、そしてやっとわかった。
あのシーン、もういつ消えてしまうかわからないからみんなを引っ張っていくことができないとショーを躊躇するコウイチに対して、カンパニーの仲間達が、初めて、自分達からコウイチに、「やろうぜ!」って、そう訴えていたんだ。
いままでは、コウイチがみんなを走らせていたけど、逆転していたんだ。
そう思ったら、今までずっと、混乱と哀しみに立ち尽くしていたと思っていたカンパニーの背中が、「コウイチやろうぜ!」ってコウイチを励ましている頼もしい背中に見えた。

ここで、コウイチは気づくんだ。
みんながいたから、自分は走ることが出来たと。
だから、一礼する。自分はみんなに走らせてもらってるんだと。

そう思うと、続くOne Dayの意味がグッと深くなる。
最期のショーへと臨む気持ちがより深く強くなる。
ラストの大合唱が、より澄み切って心に染み渡ってくる。

なるほど。
こう変わっていたんだ。
やるじゃん光一さん。←今頃気がついたくせに偉そうに言うなってやつですが。

今年は、クライマックス(のこのラスト)がほんのちょっとだけ好きになりました。

そして、「コウイチ」の言い方一つで、それを観客に気づかせる。
今までの見方を180度変えさせる。台詞のない演技の意味も、変えさせる。
舞台での台詞の一言の力を実感する。
役者ってすごい。

(だから、もっとわかりやすくしようとして今後余計な台詞を付け足すとかしなくていいからね。そこんとこよろしくお願いします)
2018.02.25 16:56 | つぶやき | トラバ(-) | コメント(0) |Edit | Top↑ | Home |
2016.02.23.Tue / 15:03 
Endless SHOCK 2016 1371回公演(だったと思う多分)観劇のぶっちゃけ感想でーす。

とにかく、前にいつ見たか覚えてないくらい元気で力が内側からみなぎる(しぼりだすんじゃなくてね)光一さんのパフォーマンスが見られたことが嬉しかった。
ほんと、覚えている限りここ数年の生で見る光一さんはいつもベースが疲れてたから。こんなに力溢れる光一さんを見たのは本当に、いつ以来だろう?って感じで。
ここ数年で見た中で最高の状態だったと思う。
それが素晴らしかった。

前田美波里さんは、相変わらず登場しただけで視線をさらう圧倒的なステージオーラにひれ伏すけど、芝居の台詞まわしがかなりねちっこくなってたのが個人的に残念。

一幕のショーで一番ワクワクするのは、Dancing On Broadway。
もう一幕ショーはこの曲以外は全面改定して欲しいなぁ、さすがに。
特にホライゾンとヤラナンバーとSOLITARY。
ヤラナンバーは、もうだいぶ前から言ってるけど、屋良っちの最高に得意なダンスナンバーを入れて光一さん/コウイチと真正面からガチで勝負して欲しいよ。
そして、SOLITARYも、もう変えて欲しい。今の堂本光一の最高を見せる、そしてもうちょっと物語性のある曲に。

ジャパネスクは、殺陣の美しさと複雑さと技術レベルが格段に増していたのが驚いた。すごい。でもあまりに美しすぎてほんと「ショー」って感じなので、そこにもうちょっと一太刀の殺気とか真剣の重みとかを感じさせたら、もっと一段階上の凄いシーンになるのではないかと思ってしまった。でも、あそこはそもそも「ショー」の設定なので、あれでいいのかもしれないけど。だとしたら、「真剣」を渡した後の演技にその真剣の「重み」が加われば。ま、でも今でも12分に素晴らしいけど。

2幕はやっぱり最期のショーがほんと素晴らしい。
今回は1階最後方ゾーンのど真ん中だったので、最期のショーの冒頭の赤布が捌ける美しさを久しぶりに実感した。やっぱりあの演出は見事。素晴らしい。最高。
夢幻のコウイチとヤラのシークエンスは、あの屋良っちと光一さんのペアがビジュアルとしてめちゃくちゃ画になると改めて。
6連太鼓のシーンは、入り方がすごくいいなと思った(ここ以前と変わったよね。すごくよかった)。
ラダーは、光一さんが2階に行っちゃったときステージのドラムパフォーマンスを見ていたんだけど、凄く良かった。
夜の海は、このダンスだけは、何百回見ても、何千回見ても、飽きることなく感動すると思う。本当に、コウイチの魂の曲だし、光一さんの魂の曲だと思う。

そしてその最期のショーの感動の気持ちをぶち壊すオーナーのモノローグ、といういつもの流れ。
いや、もうあきらめてるんだけど、盛り上がった気持ちがぶち壊されるのはかわりない。

今回もいろいろ台詞の変更・追加があったけど、年々説明的な台詞が増えてくどくなってるよね。
いい加減自分たちのパフォーマンスの力をもっと信じてほしいよー。
言葉での説明はほんと必要ないから。
個人的には芝居部分もう全部無くしてみたら?って冗談半分に思うくらいだから。
SOLITARYの中盤の台詞とかほんといらないし(今回の変更点じゃないけど)。
パフォーマンス中の台詞は基本ほんといらないから。

今回付け加わった台詞で私的に唯一良かったのは、Higherのときのヤラの
「でもここで止めるな。続けるんだ」
って台詞。これはよかった。
この台詞が入ることで、一人オンのステージに立ち続けるヤラの中にいかにコウイチが深く生きているのかということがわかるし、だからこそ、その後コウイチが登場したときのヤラの嬉しさを凌駕する動揺と屈辱がより深く突き刺さってくる。

でもほんともう、繰り返すけど、台詞で説明しようとしないで、パフォーマンスの力を信じた方がいいと思うよ。そのほうがずっとずっと、伝わると思う。台詞での説明は、ヤボだよ。
君たちのパフォーマンスには、それだけの力があるんだから。

こんな感じかな。

とにかく、いつ見たか覚えてないくらい久しぶりに疲れてない光一さんの全力パフォーマンスが見られたことが凄く嬉しかったし、今年のカンパニーもとてもいい感じなのが嬉しい。

今年も最後まで、みんなで走り抜けてください。



2016.02.23 15:03 | SHOCK | トラバ(-) | コメント(0) |Edit | Top↑ | Home |
2015.09.22.Tue / 13:44 
というわけで、今年は数年避けてきた地方公演に思い切って行って参りました。
直前に美波里さんが脱落というハプニングがありつつ(どうかゆっくりちゃんと治してくださいね!)、代役植草さんということでややテンション下がりつつ、数年ぶりの梅田芸術劇場。

その梅田芸術劇場は、帝劇よりもずっとずっと見やすく、視界もクリアに感じて、そして音響もとても良くて、帝劇って実はすごく見づらい劇場なんだと気がついてしまった本公演。
ほんと、大合唱の迫力の凄さよ。

でも、まず出てくる感想は、

2年ぶり(3年ぶり?)に見た内君のあまりの成長のなさっぷりにある意味感動すら覚えた。

もうSHOCK4年目くらいですよね?
出始めの頃はそれでもみんなについていこうとする必死さがあったけど、今はそれさえ感じられない分退化している気すらするよ。

光一さんはこれでいいんですかね?

もし、これでいいと思ってるなら、パフォーマンスの持つ力を、それが生み出す説得力の大切さを嘗めてるよ。
光一さんは、パフォーマンスの持つ力をずっと信じてきたからこそ、パフォーマンスそのもので観客に伝えようと真摯に自分と向き合って、ここまで進化してきたんじゃないのか!?

あのウチが、一幕の最後でコウイチに向かって行けるとは思えない。
ウチだったら、泣いて土下座してあやまるか、刀放り出して逃げてるよ。
そもそもコウイチがあのウチ相手に本気で逆上するとは思えない。
ライバルが、自分のエゴむき出しだろうと何だろうと、パフォーマーとしてもっともっと良くなってやると、コウイチを超えてやると、彼なりにステージを愛し本気でコウイチに立ち向かっていたからこそ、それぞれの舞台への思いの違いから生じるそれぞれの苛立ちがあそこでぶつかり合い、2人を壊してしまうのに。
ウチがライバル役だと、コウイチが前へ前へと突き進んでいく、その熱情さえも、なんだか弱くなった気さえする。

1幕の後半見ながら、「神が強くあるためには、悪もまた強くなければならない。悪が弱ければ、それを打ち負かす神もまた弱い」っていうような格言を思い出していた。
いっそのこと、森山未来さんとか、三浦大地さんとかライバル役に迎え入れてみたらいいのに(ありえないけど)。
それとも、強いライバルが現れるのがコワイですかー?  
(なんてね。でもほんと、そういう嫌み言いたくなるくらいの内君のていたらくなんだもん。ほんとにあれでいいんですか?光一さん)


植草さんは、実際のジャニーズでのみんなのお父さん的存在っていうのが、今回の「見守るオーナー」としてとても良く合っていた。
舞台での立ち姿とか動きとか、台詞回しとか(ちょっと走ってたけど)、さすがのうまさだし。
光一さんと植草さんが2人並んで立っているだけで、コウイチとオーナーの間に流れる親愛の情が伝わってくる。
だからこそ、内輪ネタの小ネタとか一切全く出さないで、二人の醸し出す空気だけで勝負した方が断然カッコイイのになぁと思った。

他のカンパニーメンバーはそれぞれ溌剌としてて気持ちよかった。
コウイチといろんな意味で差がありすぎるので、カンパニー的にはコウイチがいなければどもならんって感じではあるけど。
その分アンサンブルが年々安定してきてる感じがする。
冒頭の大階段降りてくる群舞のそろいっぷりに涙出る感じがああ、SHOCKに帰って来た、と思う瞬間。


それから今回劇場の見やすさのせいなのか、ステージ構成とか、場面転換とかのうまさを改めて感じた。
特に屋上のシーンに移る前後の、オーナーとカンパニーメンバーの立ち位置による、オーナーのカンパニーへの心情の表したかとかね。


そして、ワールドアドベンチャーの1曲目がやっぱりめちゃくちゃいい!!!
初めて大劇場のステージに立ったカンパニーの、やってやるぞーーー!!っていう希望に満ちた溌剌としたオーラがほんと眩しい。
すっごい素敵なナンバー。


そして今回も1つ思ったのは、SOLITARYはそろそろ替え時かな?って。
なんかこう、そろそろもう一段階上に行って欲しい感じ。
いっそ本気でフラメンコ特訓して、ソロのフラメンコやるってのどうですか?

生のフラメンコギター一本で。
歌無しで。

光一さんだったら、いわゆるラテン男性ダンサーのようなフラメンコには絶対ならないと思うんだよね。
より中性的な、光一さんならではのフラメンコ。
ギターの生演奏で。
すっごい見たい。

それは、コウイチの一幕の孤高感を表すのにもふさわしい気がする。
後半ライバルとペアダンスのはずが登場できず・・・って展開にすればいい。

そして、それと対比するように、2幕の最後のショーで、生の津軽三味線でのソロ演舞を入れるの(けっきょくこれが見たいのだ)。
場面はどこがいいかな。
やっぱり冒頭かな。
あの、赤い布がさーっと引けると同時に一瞬の静寂のあと三味線の音が鳴り出す感じ。

この2つの演目で、1幕の一人だけで突っ走って行こうとするコウイチの孤高感と、2幕の死に向かっていかなければならないコウイチの覚悟の孤高感の違いが光一さんのパフォーマンスで表現できたら。

そして、このソロから夢幻へとつながって行く感じで完璧じゃん!
(妄想が止まらなくなってきましたどうしよう)

ああ、見たいなぁ。見たいなぁ。
やってくれないかなぁ。


ツイッターにもちょっとつぶやいたけど。
TAOって和太鼓グループのリーダー、西亜里砂さん。
何の予備知識もなく初めてこの人の太鼓パフォーマンスを見た時、
なんて美しく力強い、女性なのに完璧にぶれない音を響かせる太鼓なんだろう、こんな美しい優雅さの中からこんな音が響くなんてみたことない!何この人ものすごいカッコイイ!!って思ったんだ。
光一さんのフライングは、この西亜里砂さんの太鼓に通じるなと思った。
すでに芸術の域に達する究極の美のいち姿。
何度見ても。
何度見ても。
すべてが美しい。

夜の海の舞もそう。
ほんとうに、毎回毎回毎回思うけど、舞台の精が踊ってるみたいだもん。

そして今回、Higherは光一さんもう完璧に自分の踊りにしてるな、って思った。
(Dead or Aliveははじめっからすでに光一さんのもの)
そして夢幻はまだまだだな、って。
やっぱりああいう動き自体はシンプルなものは、完璧にキメるのはほんと難しいんだよなぁ。


そんな今回の感想でした。
それにしても、フラメンコと津軽三味線のソロ、やってくれないかなぁ。
2015.09.22 13:44 | SHOCK | トラバ(-) | コメント(0) |Edit | Top↑ | Home |
2015.08.30.Sun / 23:20 
Spiralコンは、横アリラストと名古屋2公演に参加しました。
横アリはセンター左端、空中回廊が降りてくるところ。
名古屋昼はアリーナ左端後方、かなり埋もれ。
名古屋夜(オーラス)はスタンド右前方上方。非常にダンスのフォーメーションがよく見えて最高だった。

まずは全体の感想から。セットリストが結構あやふやですが大目に見てください。
相変わらずかなりとりとめなく、かなりぶっちゃけてて、そして長いですがよろしくお願いします。


*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*


会場に入ると、天井に鎮座しますKD様と空中回廊。
センターのでべそステージ。
基本はGravityといっしょだなぁ。
メインステージは照明の加減で靄がかかっているようになっていて全体がよくわからない。

そして照明が一斉に消え。
今回のペンライトのメインカラーは赤。
会場を埋め尽くす赤い海に一種異様な感覚を覚えながら、でも、このオープニングには良くあっている。
そして全貌が明らかになるメインステージのスパイラル照明。
これ、本当は螺旋じゃなくて3重円なんだけど(最外円は途中で切れてる)、傾き加減とかで、ちょっと見ほんとにスパイラルに見えるのね。これが、今回公演の5会場でしか設置できないという、10トン削ったという、セット(いったい総重量何トンなんだっていうね)。
始まる前はよく見えないように照明を工夫しているところから含めて、すごいかっこいい。やられた。
こういうのほんとにね、アイデア出す方もすごいけど、それをちゃんと形にしてしまうスタッフのすごさよ。

一曲目は予想通りのFAME。
衣装はMVと同じかな?腰に足首くらいまでの長さのひらひらがついてる。

2曲目、Danger Zone。
この腰のひらひらつけてこの曲踊るんかいっ

3曲目、MUSE。
うわー、このダンス、かっこいい!!
ダンスだけ比べたらFAMEより断然好きだわ、というのが横アリ初見の感想。
見る度にどんどん好きになって、多分このコンサートのダンスの中で一番好きな踊り。
身体の芯からしなるような動きね。柔らかさの上に、さらにしなやかさとキレの良さが増した感じで凄くカッコイイ。
MCでYOSHIEさん振り付けと知る。
YOSHIEさんの振り付けと出会ったことで、光一さんの踊りがまた一段階上がった気がする。
でもこの曲めちゃくちゃハードだぞ。

4曲目、ここできたSLAVE MAKER。
相変わらずめちゃくちゃかっこよくてテンション上がるんだけどさ。
あの3曲踊った後、間髪入れず全力でこの曲歌うとか、光一さん、飛ばしすぎなんじゃ?大丈夫か?って心配になるほど。

そしてみんなでジャンプして光一さん捌ける。

intermissionは英語が乱れ飛びながらマイケル風のフェイク?がかかって、え?まさかここでSHOCK!?と思いながらダンサー達を見ていると、中央から光一さん登場。衣装はINTERACTIONAL。

ここのピンスポソロダンスが最高にカッコイイ。
いや〜ほんと、こういうのキマるようになったよねぇ。

そして、INTERACTIONAL。
ほんと、このダンス、めちゃくちゃしなやかでかっこよくなったよ。見惚れてたもん。

次が、確かKnocked Me down。
曲のイメージ通り、かな。振り付けは赤坂さんかなぁと思ったり。

そしてCome Closer来たよ!
衣装的には前の方が振り付けの魅力を出してたけど、ラストはやっぱりカッコイイ。

その後Night Wondererだっけかな?
この曲の演出かなり好き。
暗闇でうごめく感じとか。レーザーとかね。でも、レーザーの動きが結構バラバラで意図がつかみにくかった。最後の一本で終わるの良かったけど。
歌唱をしっかり全面に押し出したのもいい感じ。この曲の歌声大好き。

その後がOver Youかな?前の曲と逆かも?
この曲CDではいまいちだけど、やはり生歌パワーはすごい。

そして、In and Outですよ!
結構がっつりちゃんと踊ってくれて最高に盛り上がったところで前半終了。

いや、ここまでほぼノンストップだったから、このままMC無しでいくのかと一瞬思ったけど、ここでMC。

前半のセットリストは、ほんと鬼だったけど、観客を飽きさせないで楽しませるという意味では凄くよく考えられた最高のセットリストだったと思う。特にダンス3曲の直後にSLAVE MAKERでさらに客席を熱くさせ、最後のIN AND OUTでさらに客席を熱くさせるのが上手い。やってる方はほんと、「俺が奴隷だよ」って感じだったと思うけど。

そしてMC。
ここまでアイドルらしさのかけらもないなぁと思っていたがMC始まったらいつもの光一節でした。
いや、久しぶりに聞く光一節は結構面白いんだけどね。やっぱり30分以上は長いよね。みんなが求めるからなんだけどさ。横アリではすっかり身体も興奮も冷めて、後半戦始まってから上がってくるのに3曲ぐらい費やしてしまってもったいなかった。

でも、名古屋のMC聞いてて、この光一さん毒舌MCの95%くらいは、ファンのためにがんばってやってるよなぁって思った。光一さん自身は多分本気でMC10分くらいとか、MC無しとかでやりたいんだと感じた。でも、あの光一さん節を楽しみにしているファンがたくさんいるから。本当はきっと、MC無しでもみんな満足できる公演にしたい、って思ってるんだろうなぁって感じた。そうできない現状をちょっと悔しいと思ってるんじゃないかって。

このMCで、今回やらない曲たちをネタバレ。
The mAsqueは、これコンサートでどう再現するんだろう?って思ってたから、やっぱり、という感じ。
Boogy Nightともう一曲は、アルバムで聴いたときからステージは思い描き安いけどKnocked Me Downとかぶるから同じ感じのばっかり続いちゃわないかな?って思っていたので、あの3曲でKnocked Me Downが選ばれた事実にニヤリ。

そういえば、名古屋でセットリストネタバレしたくない人を茶化してたけど、いくら光一さんにバカにされても、私は初見でしか味わえない「次何来るかな?」の楽しみを満喫したい派ですよ!
ま、言いたかったことは、セットリストばれても十分満足させてやるぜ!ってことだとだと思うんだけどね。そして、意に反してネタバレしちゃってもちゃんと満足させるからそんな悲しむなよ、と。

ここのMCで、In and Outでみんなの首振りの駄目さ加減が不満!って言っていたけど、名古屋の昼公演で、「なに?隣の人とぶつかるの心配してるの?」って言ったとき、ああ、この人ほんと優しいんだなぁって思った。みんながやらない理由をわざわざつけてあげてる感じがね。私は正直、光一ファンってすごくアーティストとしてはやりづらいファンじゃないかと思うんだよね。ノリは悪いし、振っても歌わないし踊らないし。パフォーマーとのキャッチボールというよりは、自分の欲求をひたすら投げつけるだけって感じだし。でも、光一さんそういうの全部飲み込んで、これが自分のファンだって、言い方悪いけどあきらめて受け入れてくれてる感じ。そして、よりみんなが楽しくなるようにって彼なりに努力して。優しいよな。ちょっと前まで王子orzなとこばっかり目がいっていたけど、なんか今回は、ほんと、そう思うわ。甘える後輩くんがいなくなると、そういう光一さんの優しさがよりはっきり見えるのかも。

もっともっとと求めるファンを振り切って、後半戦へ。

intermissionで次はDead Endとわかる。
この曲の演出は、拍子抜け、という感じではあったけど、次のSHOW ME UR MONSTERへつながる演出としては上手いな、と思った。

SHOW ME UR MONSTER
MVのステッキダンス好きだったんで、入れてくれて嬉しかった。

たぶん次がBongo Drum
この曲のダンスも大好き〜。衣装がね、アシンメトリカルで片側ジャケフリーで際立つ身体のラインが、このダンスですごくセクシーに浮かびあがる感じが好き。この曲の振り付けはIPPEIさん。Come Closerもそうだし、この方の振り付け好みかも。

多分次がJust A Woman
亜美さんとのデュエットを強調した演出は凄く良かった。歌詞に合った掛け合いが楽しい。2人の声合うよね〜。

そして次が多分星のバルコニー
この曲は、アルバムでは積極的にキライだけど、得意の満天の星空演出と生歌で聴くとさすがに素敵。名古屋のメインステージの星空、特にスパイラル照明の星空がなんか凄く素敵だった。そして、このときのシルバージャケットの衣装がね。凄くシンプルなんだけどそれがかえって光一さんの王子っぷりを際立たせる感じで、名古屋の昼公演で見たときなんかドキドキしちゃったわ。

続いてラブブロフェッサー
これが完全に「歌」で攻める演出とは思わなかった。この昭和歌謡テイストがなんか笑っちゃうんだけど癖になるおもしろさ(私的に)。

たしかここから怒濤のINTERACTIONALミックス。
これは面白かったわ〜。
INTERACTIONALから始まって、何かが入って妖、暁、Deep、間にINTERACTIONALが入り込む感じの凄く複雑なミックスで、テンポも曲調もダンスも全然違うから、ほんと歌い踊ってる方は大変だと思う。
これは凄く新しい試みで、面白かった。

このあとLOVE CRIESとBAD DESIRE REMIXだったっけ?(これはアンコールのSHOCK!の後だっけ?そしたらそーやんと+-はどこにはいるんだっけ?そーやんと+-はアンコールだよね???外周回ったもんね。あれ??)

最後ははっきり覚えてる、INTERACTIONALの「歌」。
本編最後を、INTERACITONALの歌で締める当たり、この曲と、そして自分の歌唱への自信が感じられてよかったんだけどね。凄く素敵だったし。

でも、「え?これでおわり?」って感じは否めなかった。
なんか、全然ラストっぽくないのに無理矢理ぶった切られた感じだった。
本来だったらSHOCK!がこの本編ラストに入るんだよなぁって感じだった。



そして、SHOCK!の感想は、オーラス話の中で語ります。




オーラスの、特にMC明けの後半、体と心に鞭打ちながら、指先まで柔らかくしなやかでキレのある美しいダンスと張りのある伸びやかな渾身の歌声で踊り歌う光一さんを見ながら、私はずっと、光一さんに腹立てながら見てたBPM(だったと思う)の横アリ公演を思い出していた。

追加ありの4日間7公演(たぶん)というスケジュールで、中日の光一さんは、昨日徹夜だったとか、3日連続2公演は疲れるだとか言いながら、明らかに疲れの見えるダンス(対光一さん比)と伸びのない歌声を披露してた。それを見ながら、「観客に言い訳するなよ(怒)。前日徹夜とか観客にはなんの関係もないんだよ。公演スケジュールがきつくてすべてをベストコンディションでやるのが無理ならスケジュール調整しろよ。家や仕事の都合をつけて、高い交通費払って宿の手配して、やっとこの1公演を楽しみに来て、この一公演だけしか見られない人だっているんだよ。オーラスだけ、最後だけ気合い入ってたって駄目だっつーの」とものすごく腹立てながら見てた。(ま、そもそも光一さんのダンスって、手数で勝負!振り付けの派手さで勝負!なダンスじゃなくて、動線とトメの美しさが身上だから(特にBPMではトメが大事な振り付けが多かった)、疲れがもろに踊りに出やすいんだよね。ほんのちょっと気が抜けると輝きが半減する感じ。だから本当に常に全身に集中してないとあの美しさは出ないハードルの高いダンサーだと思う。)


そんなことを思い出しながら、あの頃とは全く違う光一さんの姿を目の前で見ていた。
いや、相変わらず、セットリスト詰め込みすぎたとか、暑くてキツイとか、ほんと疲れるとか言いまくっているんだけど。

パフォーマンスには、それが全く現れていなかった。

思い出してたのはオーラスを見ているときではあったんだけど、そもそも昼公演から尋常じゃない暑さ(湿度)で、ほんと体力奪われる湿度で、そのなかでこの尋常じゃないセットリストを歌い踊り、でも昼公演から、暑い疲れる言いながら、パフォーマンスは素晴らしかったもんね。昼公演の前半身体が乗り切らないのはいつものこと(それでも十分よいパフォーマンス)だけど、いつものごとく後半どんどん調子を上げていって、昼公演の時点ですでにかなり体力いっぱいいっぱいまで出し切ってる全力でパフォーマンスしてるのが伝わってきた。昼公演の最後、すでに声が嗄れてて。終わって時計見たら4時。この後2時間でこの公演をこの暑さの中でまたやるとか、ヤバイから。途中で倒れることを本気で心配した。

そして2時間後。

昼公演の冒頭より明らかにキレの増した光一さんがいた。さらに輝き、さらに張りのある歌声で。
ほんっとこの人はエンジンかかるの遅いってのは置いておいて。
光一さん化け物だよって。
でも、踊り始めから汗が飛び散る。
見てるこっちだって、ちょっと動いた瞬間汗が流れる。
そんな暑さと湿度。

MC後の後半戦は、歌の合間、踊りの合間、ちょっとした隙に、光一さんの身体がガクンと落ちるのがわかった。でも、歌も、踊りも、まったくぶれなかった。キレは落ちなかった。声の張りは失われなかった。力強く、美しく、そのときの最高のパフォーマンスを見せてくれた。

それを見ながら、BPMの横アリ公演を思い出していた。
光一さんに腹を立てながら見ていた公演を。

なんという違いだろう。
あのころより、遙かに高度になったダンスパフォーマンスを。
限界以上の状態で。

光一さん、本当に成長したな。



オーラスのSHOCK!は、本当に最後の最後の力と気力を振り絞ってのパフォーマンスだった。

「今この状態で踊れる自信ありません」

って、踊る前に言っていたけど、掛け値無しの本音だったと思う。

でも、踊りきった。
いつ足が本当につって倒れるか、いつ脱水と疲労で痙攣して倒れるか。
本気でそう思いながら見てた。
そのくらい、本当に、限界を超えてたと感じた。

SHOCK!は、マイケルのようなダンスを意識して、同じマイケルファンであるケント・モリさんに頼んで振り付けしてもらった曲だと、毎回、光一さんは踊る前に言っていた。
横アリオーラスで初めてSHOCK!を見たとき、光一さんがなぜ、SHOCK!を本公演最後の曲ではなく、アンコール曲としたのかわかった気がした。このときの曲紹介で光一さんは、「今はまだまだ自分のものになってないけど、これからまた次のコンサート、その次のコンサートで踊り続けていく中で、SHOCK!の振り付けを自分のものにしていきたい」と言っていた。そして実際、まだまだ、特にマイケル風の足捌きの振り付けは光一さんのものにはなっていないなぁと感じて、“マイケル”を意識したこのダンスを本編の中に入れるにはまだ気後れしているのかな、と思った。
昼公演のSHOCK!を見ていた時、始めセンターステージで光一さんのソロダンスがあって、そのあとメインステージにかけていってダンサーと踊るとき、サビの”SHOCK!” “SHOCK!”ってかけ声と共にダンサー1人1人を指さすような仕草をするところで、なんだか、光一さんがソロダンスで宿ったマイケルのダンサー魂をダンサー1人1人に分け与えてる、という感じがして、マイケルの魂は本当にここにもしっかり根付いて生きているんだと、ジーンと来た。

オーラスのSHOCK!は、光一さんの、ダンサー達の、終わることのない踊ることへの情熱が、燦然と輝いたパフォーマンスだった。限界を超えてSHOCK!を踊りきった光一さんを突き動かしたものは、もちろん観客への思いでありこのコンサートを作り上げたスタッフへの思いであろうけれど、“ジャンル・マイケル”を冠したこの曲を中途半端には踊れないという、パフォーマーとしてのプライドがあったんだと私は感じた(そしてダンサーみんなのプライドが)。

SHOCK!を踊りきって、正真正銘ぶっ倒れた光一さん。
息も絶え絶えに「こんな姿お客さんに見せちゃあかんなぁ。あかん。」ってしきりに言っていたけれど。
それは、その通りなんだけど。
それでも、

「でも、これが今の俺のすべてです」

と言い切ったあなたは、やっぱり最高にかっこよかった。

またいつあるかわからないソロコンに向けて「鍛え直します」みたいなこと言っていたけれど。
いやいや、鍛え抜いていたからこそ、ですよ。
だってこれ、観客に言い訳するなとかそんな姿見せるなとか、そんな問題じゃないもん。
例えれば、炎天下の中4時間フルセットマッチやって、双方このゲーム取ればマッチってゲームで、1ポイント終わる度に倒れ込みながら、でも次のポイントでは渾身のエースを決め続ける、みたいなもんだもん(余計わからない例えかも)。
光一さんがいつも「応援してくれて」とか「皆さんの応援のおかげで」とか言う度に、いや、応援しに来てるわけじゃないから、光一さんの生み出す世界を体感しに来てるんだから、とか頭の中で突っ込んでたけど、ほんとこのオーラスは、「私に出来ることあったら何でもサポートするから!!」って思いだった。

SHOCK!をやり抜いて、私は正直、もうこれで終わりでいいって思った。
でも、後の2曲(4曲?)もちゃんと歌ってくれた。全力で。力の限り。

そして光一さんが捌けて、私は、すぐ出てきてコールをするのではなく、しばらく拍手をしていたかった。渾身のパフォーマンスをやりきった皆さんを、しばらく讃えていたかった。
でも、すぐ光ちゃんコールが始まっちゃったけどね。

そして、ダブルアンコ。
横アリの時は「何も用意してないよ−」って言ってたけど、今回は、ちゃんと用意してくれてた。
空中回廊を使った、愛の十字架。
私はなんか知らないけどこの曲大好きなんだよね。もともと、この哀愁を帯びた澄んだメロディーラインと光一さんの歌声が好きなんだけど、多分mirrorコンオーラスの透明できらきら輝いた最高に幸せな記憶がこの曲に染みついているからなんだと思う。
私はこの曲、会場のみんなで大合唱したかった。
光一さんの、ダンサー、バンドの渾身のパフォーマンスに、観客席からの大合唱で応えたかった。
せめて、光一さんの歌声が途切れたとき、客席に振ったとき、会場に観客からの歌声を響かせたかった。
それが、彼らのパフォーマンスへの、一番の恩返しの形だと思ったから。

でも、全然響かなかったけどね。
光一さん自身は、光一ファンは歌いも踊りもしないってことわかってるから期待してなかったかもしれないけど。
そうやって観客に「歌いたい!」って思わせられない自分の力不足だと思ってるかもしれないけど。
自分も観客に向かって笑ったり手を振ったり出来ないのと一緒で、自分のファンが歌ったり踊ったりしないのはしょうがないってあきらめて受け入れてるのかもしれないけど。
まぁ、そんな余計なこと考える余裕無くて自分が歌うのに精一杯だった、かもしれないけど。

私は、届けたかったなぁ。
一人で一生懸命声出しても、全く届かないもんね。隣の人はウルサイ黙れと思ってたかもしれないけどね。
でも、届けたかった。
それだけが、残念だった。

光一さんは「いまここにすごく素敵な空気が出来てる」って最後すごく満足そうだったから、いいんだけど。

そして、「またお逢いしましょう!」って去っていった。

私は去った後、しばらく拍手を届けたかった。
光一さんが「出てこないと」って思わなくてもいいくらい短く。
でも、素晴らしいパフォーマンスだったよ、ありがとうって気持ちが伝わるくらい長く。
まぁ、みんなあっという間に片付けに入っちゃったけどね。



そんなこんなで、終わってしまったSpiralコンサート2015。
あっという間だった。
もう少し、コンサートが成長していくのを見ていたかった。
でも、本当に楽しかった。

今回のオーラスは、実は入る予定も、入ろうという気も、全くなかったんだ。
自分では全くチケットを探そうともしなかった。
でも、お友達がわざわざチケットを探して手配してくださって、入ることが出来た。

正直、自分の中ではmirrorコンオーラスに匹敵する、でもそれとは全く違う感動を味わったオーラスになった。
光一ファンとして、このオーラスをこの目で見届けることが出来てよかったと、そう思った。
本当に、チケットを探してくださったお友達には、感謝しても仕切れません。

このコンサートで、光一さんのダンスに、またさらに新たなしなやかさが生まれたと思った。
身体の芯からしなるような、しなやかさ。
このコンサートで、光一さんはパフォーマーとして、また一皮剥けたと思った。


今は、曲の世界観を作り上げて表現するプロデューサーとしての自分よりも、曲を自分の歌と踊りでどこまで表現できるのかというパフォーマーとしての自分の可能性を追求することを、めいっぱい楽しんでいるんだと、このコンサートで感じた。
GravityもSpiralも、洗練された、素晴らしい、そして楽しいコンサートだったと思う。
でも、やっぱり、ワンハーフでの曲ごとに世界観を作り上げ表現する光一さんのプロデュール力に度肝を抜かれたファンとしては、光一さんの真骨頂である、曲の世界観をがっつり作り上げ、一つ一つの曲の世界を時に一変させ輝き何倍にも増幅させる光一さんのステージが、また見たい。
パフォーマーとして自らを追求したさきに広がる新たな光一さんの真骨頂のステージを、見てみたい。

そして、この先のコンサートで、また一歩光一さんのものに近づいたSHOCK!のパフォーマンスに出会えるのも、心から楽しみにしています。





蛇足:
・ジャニーズとしての光一さん
MCで、「とうとうジャニーズひとりぼっちになってしまいました。」って言ってましたが。
今回はダンサー全員プロダンサーで、全体が引き締まって凄く良かったと思うけど。
ステージそのものにはアイドルらしさのかけらもない感じだけど。
光一さんのソロ活動は、意識的にも無意識にも、今までのジャニーズの常識や枠にとらわれないでその枠を時に軽々と時に苦労して打ち破ってエンターテイメントを進化させてきた。
でも、光一さん自身は、自分がジャニーズの一員であることを片時も忘れたこと無いんだよなぁって、今回なんだかしみじみ思った。
所詮ジャニーズなんて言わせないとは思ってるかもしれないけど、ジャニーズに見られたくないとかジャニーズと思われたくないとか、そんな思いは微塵もないというか。
光一さんのエンタメの底流には確実にジャニーズエンターテイメントの芯の部分が息づいているしね。
本人、ジャニーズでなければ自分はここまで来られなかったって十二分にわかっていそうだし。
ジャニーズであることに誇りをもってるというか。
後輩のことも常に忘れないし、後輩を育てるのにもとても熱心だし。
なんか、そんなことしみじみと思った。

・「光ちゃんコール」について
これはほんと中途半端なことになってて。
結局光ちゃんコールを止めない人がたくさんいるからどもならん、というか。
光一さんが毎回苦笑して出て来るのを結構ものともしないよね皆さん。
結局このままだといつか光一さんが「もういいですよ、光ちゃんコールで」って折れそうな気がする。ファンに対していつもそうしてきたように。
でもそれは嫌なので(主に光ちゃんコールを私が嫌いだからという自分勝手な理由)。
もうね、この問題を解決するには、光一さんが「アンコールは○○ってコールしてくれ」って言うしかないよ。
それしか解決の方法無い。
きっと光一さん「アンコールは本来観客が自発的にしてくれるものでこっちからこうしてくれって要求するもんじゃない」とか思ってそうだけど、現実には、ぶっちゃけアンコール含みでコンサートが構成されている(特に今回なんて、無理矢理本編ぶった切ってアンコール作った感じだし正直言って)んだから、そんな建前論言ってないで(いや、べつに光一さんがそう言ったわけじゃないけどさ)、光一さんから、アンコールはこうして、って言ってください!おねがいっ!!

2015.08.30 23:20 | ソロコンサート | トラバ(-) | コメント(0) |Edit | Top↑ | Home |
2015.03.31.Tue / 18:25 
千穐楽無事終了、おめでとうございます。

今回は重大な事故があり、負傷者が出てしまい本当に残念でしたが、
そのご無事再開し、千穐楽まで駆け抜けられたこと、本当に良かったと思います。
負傷された方々も、一日も早く全快され、またステージに立てますように。

今年の梅田と博多座の公演も決まったとのこと。
おめでとうございます。

私はまた来年かなぁ。
来年、どうなるかはわかりませんし、今後SHOCKがどう進んでいくのかわかりませんが、
来年また帝劇でカンパニーの皆さんにお会いできるの期待しています。

しばしの休憩の後、また走り出すカンパニーですが、
まずは、千穐楽おめでとう。
そして、お疲れ様でした。
2015.03.31 18:25 | SHOCK | トラバ(-) | コメント(0) |Edit | Top↑ | Home |
2015.03.28.Sat / 08:07 
先日Endless SHOCKの感想を書きながら考えていたのですが。(SHOCKファンなら1度や2度はやってる脳内遊びだと思うけど)


1幕のラスト、真剣にすり替わっていると気付いたコウイチはどうやって継続すれば良かったのか。

ハッピーエンドと言うからには、あの後ひとしきりヤラと闘って最後はコウイチが勝利する、という結末のはず。一番問題なのは、音響と音楽を合わせる関係上「ひとしきり闘う」尺をどうつくるか。それをふまえて。

まず、真剣は危ないのでこっしーに返す。
「これは真剣だ。下げてくれ」そして、
「音響と照明に俺に合わせろと伝えろ」
とこっしーに耳打ちし、こっしーを舞台から捌けさせる。
それからおもむろに元の自分の刀を構えて、ヤラを怒りの目力で威嚇しながらゆっくりとゆっくりと階段を上り、ヤラと対峙する。(音響と照明が対応する時間を作るため。ヤラは多分、唖然としてコウイチの行動を凝視してる)
んでもって、音響と照明に合図するように刀を振り上げ、一気にヤラを切りつける。
もちろん、音響と照明はとっさの対応でばっちりコウイチの動作に合わせる。
かくして観客にほとんど気付かれることなく(何かちょっとあっけない最後だけど主人公の目力凄かったなーみたいな)、ショーは無事終了。

こんな感じ。
自分の刀を捨てて素手で闘うってのももちろんありだけどヤラが乗ってくるかわからないし、もし今のSHOCKカンパニーがこのコウイチカンパニーだったら、音響も照明も、そしてリカちゃんも、コウイチに合わせたとっさの対応ができる気がする、と思って。そして、コウイチがスタッフとキャストに全幅の信頼を置きとっさの機転で対応できる優れたリーダーであれば。
多分、コウイチが今の光一さんだったら、これに似たような、あるいはもっといい対応が出来るんじゃないかなぁ。


ついでに、では、コウイチが逆上してヤラに真剣を渡して挑発しまくっているとき、カンパニーのみんなはどうすれば止めることができたのか。

逆上してるコウイチと真剣持って錯乱してるヤラに力で割って入って止めるのは危険すぎるので、ここは2人の動きを止める、に主眼を置く。方法としては、

1.リカちゃんが、2階席最上階の観客の耳をつんざくような大絶叫で2人の動きを止める(音響爆弾作戦←これが言いたかっただけ)
2.こっしーが異変を袖に合図して、袖にいる誰かが照明を落とす。突然真っ暗になるので、動きが止まるはず。(こっちのほうが現実的か)

2人が止まった隙にヤラの真剣をそっと奪い取れればベスト。でも、止めるだけでも、2人とも我に返って、少なくともコウイチは自分の立場を理解してよりまともな行動を取るはず。このショーは台無しになるかもしれないけど、カンパニーのメンバーとしてはとりあえず、真剣振り回して起こる事故を防ぐことが先決だから、この対応でOKではなかろうか。
カンパニーのメンバーが幕間の2人の空気の不穏さを真剣に受け止めて、何か起こる可能性がある、と備えていれば(まさか殺し合いをするとまでは思わないと思うけど、思わぬアクシデントが起こる可能性を頭の片隅に置くことができたなら)、何かしらの対応は出来た、と思う。だいたいカリスマリーダーって結構暴走しやすいから、良くできた参謀とか、部下達とかが、危ういところフォローしてたりするんだよね。危なそうな時って、割と備えてたりする。心から心酔しきって間違いなんかあり得ないと思ってると多分、そういう安全弁は育ちにくい。このカンパニーのコウイチに対する心酔はだから危うい。幕間シーンにも、その危うさは表れているような気がする。前も書いたけど、それも、コウイチに「このカンパニーは駄目になってしまう」という焦りが芽生えた原因かも。


現実の作品上ではもちろん、みんなが間違いを犯し、事件が起きてしまう。

幕間の最後、コウイチの心はすでに、暴走し始めていた。これは仲間のため、と自分に言い聞かせながら、一人で走り出してた。仲間を信頼し助け合う、そんな選択はもうなくなっていた。カンパニーのリーダーではなく、ただひたすら走り続けようとする暴走した魂だった。
だから、あそこでヤラが自分を止めようとしたとき、逆上した。

実際にコウイチが取ったあの方法でショーを続けようとしたのなら、その続けようとする意志は、狂気であり、まさに暴走。
例えるなら、あの震災の日、あの未曾有の震れの最中、安全性も全く確認できない中で、カンパニーも観客さえも危険にさらしながら2幕の幕を開けるようなもの。
それが本当に、走り続けるってことなの? 

実際の光一さん達SHOCKカンパニーはもちろんそうはしなかった。震災の時も、今回の事故の時も。
だからこそ、再び走り出すことができたのだと思う。

「立ち止まったらそこで終わりが来てしまう」

1幕でコウイチはそう言う。
光一さんは、その言葉がステージに立つ自分にとって重要な位置を占めていると、Endless初期のインタビューで言っていたと思う。光一さんの中でこの言葉が、自分が走り続けていく原動力となっているように、私はずっと感じてきた。この言葉を、ショーマンシップの源のようにとらえていた。

でも、今のコウイチには、この言葉こそが、落とし穴になっている。
そう思う。

コウイチは、立ち止まることを恐れて、走り続けてたんじゃないかな?
立ち止まったら、そこで終わりが来てしまう、と。
1幕の最後のコウイチにとって、この言葉は呪いになっていた。止まることを恐れて、走り続けるしかなくなっていた。周りを見失っても。一人になっても。
「走り続けるって、どういうことなんだろう?」そんな問いかけをすることもないまま、ただただ文字通り、走り続けるしか、なくなっていた。

その暴走の果てが、あの「事故」。

そうやって考えていくと、あの幕間のオーナーとのやりとりも、ヤラとの歌の掛け合いも、すべてが符合する。

そして、こういう展開ならば、2幕に、クライマックスに期待するのはやはり、コウイチ自身の過ちへの気付きとそこからの再出発であるわけで。この「過ちへ気付き」って部分が、「自分の死の衝撃とその受容」ってのに置き換わってそのまま進んじゃうのが、そして、過ちへの気付きがそのどさくさで消えたまま(「対応できなかったのは俺の方だ」で済ませるのは無理があるよ〜)「コウイチの死による団結」みたいな感じで進んでしまうのが、私にとっては今のクライマックスの一番の違和感のわけで。だってさー、コウイチ自身の「走り続けること」に対する自らの過ちの気付きがないままだと、リカちゃんの「人は見えないものをつかむために突き進んでいく。そのことをコウイチは教えてくれたの!」って台詞、そのせいで暴走して死んじゃったんじゃなんもならんやん!って話だし。
まぁ再出発と言っても、死んじゃってるわけだからコウイチ自身の再出発はないも同然なんだけど、最後に自分が振り捨てた仲間とのショー、それがやはり、コウイチ自身の再出発で、仲間に伝えたい、本当の意味での走り続ける思い、であるわけだよね。だからこそ、コウイチが「俺にもう一度ショーを作らせてくれないか?」と言うのが重要だと思うのだ。そして、そのときの「仲間」は1幕の時のコウイチにおんぶにだっこな仲間ではない、自らに欠けたものに気付き、自らの力で走り、そして共にステージに立つものとして走る、そういう仲間。それを表現できれば。そうやって考えていけば、夜の海の各々の台詞ももうちょっとよくなるんじゃないかなぁ。

そしてヤラは。
ヤラは小さい頃からコウイチにあこがれて、追いかけて、追いつこうとして、でも絶対追いつけないことに絶望して、どんどん走っていくコウイチと無邪気について行くみんなに、自分だけが取り残されたような気持ちになって。そんな自分に苛立ち、置いて行かれるのが怖くて、止めようとした。深い考えもなくやったことが取り返しのつかない結果になって。でも、罪の意識に苦しみながらもコウイチの回復を信じてオンのステージに立ち続けていたけれど、コウイチは死んでしまった。自分が殺してしまった。ってな場面な訳で。
元々ステージに立つ資格失ってるのにコウイチが戻るまではってがんばってきたけど、その意味も失って。罪悪感は最高潮で。
普通押しつぶされる。
「前に進むということがどういうことなのかよく考える」とかそんな状態じゃない。
このヤラを再び走らせることが出来るのは、やっぱりコウイチしかないわけで。
ヤラが立ち上がるには、どうしてもコウイチの許しが必要なわけで。
そしてコウイチからヤラへのメッセージは、
「おれたち2人とも間違えた。おれが死んだのは、自分自身の過ちのせい。ずっと一緒にやってきたのに、お前の苦しみに気づけなかった。そのためにお前を追い詰めてしまった。許して欲しい。おれはあのとき一度仲間を振り捨てた。でも、もしみんなが許してくれるなら、消える前にもう一度ショーを作らせてほしい。もう一度だけでいい、俺たちのショーを作りたい。そして、そこにはヤラもいて欲しい。そこからもう一度、走っていこう。」
こんな内容になるんじゃないか。
このコウイチの言葉を受けて、ヤラが本当の心からの謝罪をコウイチに言えて(ここ重要)、自分はまたステージに立つことは許されるのか?って疑問を持つヤラに対しコウイチが「おまえは俺がいない間もあの劇場でステージに立ち続けた。大丈夫、おまえならきっと自分の足でまた走り出せる。」って言うって感じかな?


とまぁ思考遊びから勝手にクライマックスのポイントを考えてみましたが。
こんな感じの内容を盛り込んで、くどくなく、長すぎない尺で、ちょっとクールな目線で脚本にしてくれると、いい感じになると思うんだけどなぁ(とりあえずリカちゃんの「こんなに近くにいるのに、あなたを感じることができないの。あなたの身体、こんなにも冷たいの。」っていつの時代の脚本だよ〜みたいな聞いてるのがいたたまれない台詞はナシの方向で)。


最後に。
私が大っ嫌いな作品の締めをかざるオーナーの言葉

「疲れたときは、休めばいい」

だから、そうじゃなくて。
もし、ここで何か言うとするならば、

「立ち止まることを、恐れなくていい」

ではないだろうか。
立ち止まらなくてはならないときもある。立ち止まらざるを得ないときもある。
それでも、きちんと自分を見つめ直せば、走り続けたいという意志があれば、そして、信頼できる仲間がいれば、また走り出せるのだから。

まぁでも、光一さんはきっとまだ、「立ち止まったらそこで終わりが来てしまう」って走り続けていたいのかな?って気もする。そこが、彼に多くの人が惹かれる理由の1つ、かもしれない。
だから、「立ち止まることを、恐れなくていい」って実際に言葉にしてまとめてしまうのは、違うかもね。
「立ち止まることを恐れるな」っていうのは、どっちかっていうと「裏テーマ」なんだと思うし。

言葉でまとめるなんて野暮なことしないで、走り続けるカンパニーの姿を見せるだけでいいのかもしれない。それだけの力を、このカンパニーは持っているのだから。

2015.03.28 08:07 | SHOCK | トラバ(-) | コメント(0) |Edit | Top↑ | Home |
2015.03.25.Wed / 21:41 
事故後再開から3公演目、3月21日夜公演を観劇しました。

冒頭の大階段から下りてくるカンパニーを見た時涙が浮かんできて、最近文句しか言ってないけどやっぱりSHOCKファンで光一ファンなんだなぁ私、と思いながら始まった公演。

冒頭の挨拶で、

「思いの全てを込めてお届けします」

と言った光一さんの言葉通り、本当に力強い公演だった。
一人一人の台詞に、特に”前へ進もう”という内容の台詞に、すっごく力がこもっていた。
群舞はきれいに揃っているとは言えなかったけど、みんなのステージに立てる喜びと観客に届けたいというエネルギーが溢れてた。

前回の観劇から3週間。
キャストでは特にエマちゃんの成長が目を惹いた。
リカという役をしっかり掴んで、一つ一つの台詞、一つ一つの歌詞に、感情が完璧に乗っていた。
2月に見た時は”棒歌い”なんて言ってしまったけど、一幕屋上のOne Dayの歌の感情がすごく伝わってきて、実はいつもここのOne Dayって、光一さんの歌唱が一生懸命すぎて余裕なくて聞く方にも力こもっちゃってあんまり入っていけないんだけど、今回はほんと、久しぶりに歌の感情が染み渡ってきてグッと来た。
福田君もかなりよくなってた。光一さんとのギャクシーンも、より内輪ネタじゃなく万人が笑える感じになってきてたし(←そこか。いやでも、演技もよくなってたよ)。
屋良っちの日舞が凄く軟らかく素敵だった。

光一さん自身の気迫も素晴らしかった。
ここ2年の中では、2幕のパフォーマンスは私が見た中では一番良かったと思う。
ここ数年、特に2幕はどうしても、気合いよりも疲れが上回ってるな、という感じだったけど、今回は疲れを感じさせない素晴らしいパフォーマンスだった。
夜の海とか、いつも素晴らしいけど、ああ神だなぁ、と本気で思ったもん。

そして、最後のCONTINUEの大合唱のエネルギーよ。
カンパニーのショーへの喜びが、会場全体を包み込むようだった。

ほんと、稚拙な言葉でしか表現できないのが申し訳ないけれど、
まさに、「カンパニー全員の思いのすべてが1つのエネルギーとなったステージ」だったよ。



だからこそ、だからこそ、やっぱり言いたい。

もう100万回くらい言っていて聞き飽きていると思うけど、でも、もう一度言う。
やっぱり、クライマックスがどうにもちくはぐなのよ。

1幕で張った伏線を、問いかけた疑問を、2幕でほとんど拾わないままおわってしまうのは、やっぱりストーリーテリングとして、大きな大きな欠陥なのよ。ストーリーの形をなしてないのよ。

Endless SHOCKの初演は、たしか、光一さんが25歳の時だと思う。
あのときの物語の主題は、「死んでしまう、消えることがわかっても走り続ける、その意味とは?原動力とは?」だった。
数年後、光一さんが出した結論は、「走ることができるのは、仲間がいるから」だった。
その後、一幕最後の「事故」を起こすコウイチとヤラの心情を(そして「事故」後のヤラの心情を)どんどん深く見つめて表現してきた。
その結果、それが単なる「アクシデント」ではなく、必然として起こった事件、防ぐことができたはずなのに防げなかった事件、として描かれるようになった。少なくとも、1幕の展開は、私はそう受け止めている。

あの最後、真剣にすり替え、ショーを壊そうとしたのはヤラだけど、それに逆上して、怒りにまかせて本当にショーをぶち壊したのはコウイチだ。そして、誰もそれを止めることができないまま、コウイチは怒りにまかせた挑発の末、ヤラに刺され奈落に堕ちる。

2幕のHigherまでの展開は、とても好きだし、ストーリーの流れ的にも非常にしっくりくる。
コウイチという推進力を失って、停滞するカンパニー。
一人罪の意識に苦しみながらオンのステージに立ち続けるヤラ。
そして、突然のコウイチの帰還に手放しで喜ぶみんな。まるであの事件が、単なるアクシデントで、コウイチさえ戻ってくれば、全ては元通り、またコウイチの元でみんなで走っていけると。それは、コウイチにおんぶにだっこでやってきた1幕のカンパニーそのままの姿。
コウイチ自身も、まるであの事件などなかったかのように、またこれで元に戻れると、またみんなを引っ張って、ステージに立てると単純に考えている。一幕後半の自分の中に渦巻いた感情などなかったかのように。
そこにヤラが爆弾を落とす。今まで通りなんて、行けるわけない。自分はそれこそを、壊したくて真剣とすり替えたんだと。それでショーはストップするはずだったのに、何で止めないんだ。続けるって、何を続けるんだと。

そこまではいい。
ここからですよ。

「俺たち仲間じゃなかったのかよぉ」
仲間だって言うのなら、本当の仲間だったら、なぜヤラがここまで追い込まれていたことに気づけなかったのかと、そう思うんじゃないの?

「コウイチは暴走なんてしてなかった。」
暴走してたでしょ。少なくとも最後は。
コウイチはリーダーだから、あそこでヤラの奸計に気付いたときコウイチがやるべき事は、ショーを壊さないために、なるべく観客に気付かれずどうここを上手く納めて進行するかということのはず。リーダーの役割は、そのショーの中で何が起こっても誰がなにを行っても、その責任を全て背負うということだ。コウイチは、あの場にいたのだから、あのとき真剣を手にしていたのはコウイチ自身だったのだから、いくらでも収める方法はあったはず。でも、コウイチはあの瞬間、リーダーであることも、ステージに立つ者としての心さえも放棄して、最悪の方法を選んだ。怒りにまかせてヤラを追い詰めた。
フクちゃんが思うべきは「暴走してなかった」なんていう現実逃避じゃなくて、何故あのときコウイチを止めることができなかったのかってことじゃないの? 重大な事故が起こる一番の原因の1つは、リーダーが間違った方向に突っ走ったときそれを周りが止められないときなんだ。それは、リーダーが独裁的で口が出せないから、という場合もあるけど、リーダーを尊敬しすぎてリーダーの過ちを認めることができなくなる、という場合もあるんだ。そして、後者の方がある意味より深刻だったりする。好きな人、尊敬する人の過ちを認めることは、時に非常に困難なことだから。

「コウイチが走っていく勢いで、俺たちつながってこれたんじゃないか」
その姿勢が、そのコウイチにおんぶに抱っこの姿勢が、1幕後半でコウイチをいらだたせ、このカンパニーは駄目になってしまうと思わせた原因なんじゃないの? コウイチに頼りきりで、コウイチについていくことに満足しきって、自分の足で立って自らが主体的にショーをよりよくしようとする気持ちを持っていなかったから、だからあのとき、だれもコウイチを、ヤラを、止められなかったんじゃないの?

ヤラの告白をきっかけに、ヤラが押さえて付けてきた、コウイチを含めみんなが見なかったフリなかったフリをしてきた、このカンパニーの問題が、1幕ラストの「事故」の原因が、それを止められなかった原因が、一気に吹き出す。みんなに何が足りなかったのか、ここではっきりと現れてくる。

そのはずなのに。
みんなが自分に何が欠けていたのかを気付いて、そこから前に進もうっていうそういう展開になるはずなのに。
「気付き」を描かないままここで突然リカちゃんが投入する「コウイチの死」爆弾で、全てがうやむやになって。
それで「悲劇からの前進パワー」でみんなが一体感を取り戻すって、何も根本的に解決してませんけど。

もっと言うと、本当はコウイチもヤラも2人ともすでにステージに立つ者としての資格を失ってるって言えるんだよね。ヤラは、真剣とすり替えショーを壊そうとしたときに。そしてコウイチは、ステージ上で怒りに駆られヤラへの私憤でショーを壊したときに。そのことに対し、それぞれがどう許しを得、再び前に進むのか。


今回の公演の最後の挨拶で、光一さんが「再び走り出すことができるんだというメッセージを伝え続けていくためにも」というようなことを言ったのね。震災とか、今回の現実の事故で、SHOCKは止まらざるを得なかった。そこから再び走り出した。「走りつづける」から、「止まることがあっても、再び走り出すことができる」へと。現実と重なって、よりリアルなメッセージになっている。
でも、だからこそ、「再び走り出すことができる」というメッセージをちゃんと伝えようとするならばなおさら、「悲劇からの前進パワー」としての前進だけでなく、過去の過ちを見つめ、自己の足りない部分を見つめ、そこから新たに走り出す、そこをしっかり描くことがより重要なんじゃないかと思う。なぜならば、コウイチカンパニーの事故は「偶発的」でも「天変地異」でもなく、防ぐことができたはずの「必然的な事件」だったのだから。


仲間とは?
仲間を本当に思うということは、どういうことか?
リーダーシップとは?
ショーマンシップとは?
ステージに立つ者として、大切なものはなにか?
再び走り出すというのは、どういうことなのか?


Endless SHOCKには、まだまだ描けることが、描き切れてないことが、たくさんあると思う。そして、それを描ききるだけの素地は、もうすでに、今のEndless SHOCKの物語の中に全て入っていると思う。それを最大限描ききらないのは、もったいない。それを描ききったEndless SHOCKを見てみたいと、強く思う。

2015.03.25 21:41 | SHOCK | トラバ(-) | コメント(1) |Edit | Top↑ | Home |
2015.03.01.Sun / 17:12 
この週末、2回目の観劇。
今回は人生3度目くらいのドセンター。
どのくらいドセンターかって、ジャングルフライングの光一さんが私の頭の真上を通るくらいドセンター。ダンスフォーメーションの縦列がぴったり重なって見えるくらいドセンター。
しかも、始まる前はちょっと前過ぎるかとも思っていたけど、始まってみればダンス見るのに最高な、例えればDVDのダンスセンターヴィジョンを生で見るような、そんな最高の特等席で、特等席過ぎてWorld Adventureとか倒れそうでしたよ(マジで)。Higherとか夢幻はもうちょっと後ろからやや上からヴィジョンで見たかったけども(どこまでも贅沢になるファン)。

でもほんと、ダンス的に最高のドセンター特等席で、光一様のセンターオーラの威力にひさびさにもろに当てられた。今回もかなーり歌は不安定だったけど、なんかもうね、World Adventure見ながら、「歌がいまいちだろうが、芝居がちょっとへんだろうが、そんなことはもうどうでもいい。あなたは踊ってさえいてくれれば。あなたは間違いなくセンター。」みたいな。
ニューヨークの休日の公園シーンでの大群舞の時なんて、普段着衣装でスポットもなくても間違いなくセンターを主張する光一様のセンターの輝きに久しぶりにゾクゾクしたというかなんというか。
ジャングルもめちゃくちゃカッコ良くて。ああかっこよこかった。そしてジャングルフライングの着地がほんっとかっこよかった。
ドセンター観劇で群舞の乱れとか結構目立って見えてしまうので、Higherと夜の海は久しぶりにヨネが恋しくなったなぁ。もうあそこまでの見事なシンクロは2度と見られないかもしれないと思うとやっぱりほんと寂しい。


んで。
今年2回の観劇をして思った、勝手な今後への展望。

1.World Adventureのヤラシーンを、ザ・屋良っちな、屋良っちが最高にカッコよく見えるナンバーに変更して、その後のSOLITARYを、また別のザ・堂本光一な、光一さんが最高にカッコよく見えるナンバーに変更する(SOLITARYでもいいんだけど光一さんナンバーにも新鮮味を加える意味で変更希望。でもやっぱボルサリーノ+ジャケットのナンバーだよなぁやっぱり)。2人の最高を引き出せるナンバーをぶつけてガチのヤラ(屋良)vsコウイチ(光一)対決を見せてほしい。

2.来年からは一日1公演にしよう。
去年あたりから思ってたんだけど、今年は明らかに光一さんに疲れが見られる。パフォーマンスのクオリティーを保つためにも、もうほんとに、1日1公演にして欲しい。東宝側の収入が減ることがモンダイになるなら、15000円とかチケット代上げてもいいからって、私的には思う。

3.「もう一度だけ、俺にショーを作らせてくれないか?」
クライマックスの変更について。今まで具体的にこうしたらとか書いて来なかったけど、今回敢えて1つだけ書きたいと思います。クライマックス ー具体的には、ヤラの「その勝ち誇った顔、今まで何遍見てきたと思うよ。えらいなお前は」の後から最期のショーが始まる前までー は、全面改変希望なんだけど、具体的のどうっていうのは、実はかなり難しい。でも、今日の帰りのバスの中で、ふと思いついたことがあるので、書き留めておきます。

ヤラの告白ーコウイチの死の暴露ーコウイチの長台詞、の後、ヤラがコウイチに

「もう一度お前のショーに立たせてくれないか?みんなも頼む。それが今俺が進む道なんだ」

と言うんだけど、ここを、ヤラではなくコウイチが、

「もう一度だけ、俺にショーを作らせてくれないか?」

と、ヤラに頼む。みんなに頼む。
Endless SHOCK当初のような、コウイチの死を知って意志消沈しているみんなを奮い立たせ前に進ませるため「みんな何ジメジメしてんだよ!」って、そういう感じではなく。一年前、あの場面で怒りに駆られてヤラを追い詰め、自らの手でぶち壊し中断させてしまったカンパニーのショー。あんなにえらそうなことを言っておいて、結局自分の利己的な感情で壊してしまった。そしてその後までもヤラをこんなにも苦しめてしまった。ひとり罪と向き合いながら、ステージに立ち続けていたヤラを。だから。カンパニーのショーを、最期にもう一度だけ、コウイチが作りたい。もう一度、今度はひとり遠くを見つめて一人でどんどん進んでいくのではなく、みんなで、創り上げたい。そして、そのショーを、今度こそ最後まで。例え自分が途中で消えたとしても、最後までみんながやり遂げてくれる。今はそれがわかっているから。自分が伝えられることを、そのショーを通して全部伝えたい。そのチャンスを、最期にもう一度、自分に与えて欲しい。

そういう気持ち。

そのほうが、今の物語にふさわしいんじゃないかと思う。そうなったら。そういう気持ちで、コウイチが最期のショーを作るとしたら、どんなショーになるんだろう。そう思ったりもする。そして、そういう風に考えて見ると、夢幻の意味もより増し、最期の夜の海も、より深く心に入ってくると思う。



ま、私の思いつきです。
2015.03.01 17:12 | SHOCK | トラバ(-) | コメント(0) |Edit | Top↑ | Home |